逢魔の扉を前にして 〜収録談話 なれそめ篇 5



あまりに突拍子もないサプライズを抱えた陣営となったことから生まれた茶目っ気か。
ぎりぎりまで宣伝活動を一切せずという隠密プランにて、下準備はぐんぐんと進められ。
やっとのこと撮影が始まるところまで漕ぎつけた、深夜ドラマ『逢魔の扉』。
いよいよの情報公開を前に、
クライマックスの荒野シーンの舞台となるロケ地にて、
宣材用のスチール写真やキービジュアルの撮影と相なっており。
人数の関係で、観光用の豪華特急にての移動となった。
特別仕立ての観光用特急列車、
途中で停車することもなくスムーズに運ぶものと思われていたものが、
突然の急ブレーキにより、その運用も一旦停止。
線路上に不審物があっての非常事態であり、
不審物の正体確認は勿論のこと、
どういう経緯でそのようなものが進行妨害に至ったのかも特定されねばならず。
現状復帰には保全確認が必要とあって、結局、JRさんの復旧への尽力を待つ運びとなり。

 『ほかの列車とのダイヤ調整もあるとのことですが。』

通勤用列車が分刻みで走っているよな都心の路線でなし、
点検にもダイヤの修正にも何時間もかかりはしない見込みとのことで。
撮影班の一行はこのまま復旧を待つという運び。
そういった流れをいち早く掴んだ上で、

 『敦が個室内で転んだので』と、

一応受け身は取ったというが、お披露目とあって緊張していた身だから、
どこか傷めていても気づけてないかもしれぬと
念のために随行していた医師に診てもらうこととなった。
…というか、そうしてやれないかと中也が進言し、
それはえらいこっちゃと車掌詰め所となっていた部屋にて簡単な診察をすることと相なって。
他にも怪我をした人はないかと、車両内は次の段階へ行程が移行中。
そんなこんなで作った隙を突き、
まだ聞かせるわけにはいかない唯一の存在さんを遠ざけた上で、
お兄さんたちの方は方で意識の刷り合わせを図ることとなった。
診察が終わった敦が迷子にならぬよう、
彼と太宰が割り振られていたD3号室で、顔を合わせ直した3人であり。
特に散らかってもないままの室内、それぞれにソファーに腰を落ち着けると、
2対1で事情が唯一均されてはいない身というのはさすがに判るのだろう、

 「実を言や、結構早くから関心は寄せていたんだ。」

彼らと向かい合うようにソファーに座を占め、そうと太宰が吐露する。
中原中也に芥川龍之介、そしてそんな二人の傍らにいつもいる愛らしい少年と。
それぞれに個性的な綺麗どころが3人も、身を寄せ合って仲良くしており、
中也も芥川も日頃は凛々しいばかりな印象のはずが、
その子が混ざると随分と柔らかに笑ってもおいで。
活躍している居場所が微妙に違うから競争心も生まれずの仲睦まじくいられるのかな。
親戚同士のような気やすさで、互いに世話を焼いていたり笑い合ったり、
屈託のなさげなのがちょっとうらやまし…いやその。
まるで学生同士のようなつるみ方なのが、
こちらは孤高の身なこともあり ついつい目が行く。
今回のこの作品へのオーディションを受けたのも、
そんな彼らにさりげなく近づいてみたくなったからだが、

「先程の敦くんの献身を浴びて“あ…っ”て思い出せたんだ。」
「献身ってなんだよ。」

なんか含むものがプンプン匂うぞと、
せっかくの綺麗なお顔をとがらせ、キリキリとした三白眼を決める中也なのへ。
まだ警戒心が抜けきってないのねとの、こちらはやや眉を下げての綺麗な苦笑をこぼしつつ、

「相変わらず、自分の身を盾にしちゃう子だよねぇ。」

献身なんて言い方をした敦少年の行動へ、
付け足すようにそうと言ってくすぐったそうに笑って見せる。
ドラマの中じゃあるまいにと思ったほどに、
反射であれそうは運ばなかろう、あまりに意外な行動だったので、
ぼんやりと感覚的なものだったところが思い切りつつかれた彼だったらしく。
そのまま記憶の覚醒と相成った太宰であったらしい。
とはいえ、そんな劇的な事態が押し寄せたというに、
自身の身に起きた事象へはさして興味も沸かないものなのか、
それともそうそう語るものじゃあないという水臭いところは
それこそ前生のままなのか。
せっかくのいいお顔を悪っぽくゆがめると、

「そうかぁ、中也ってばゴリラな身を生かして俳優になったのだね。」
「うっせぇな。」

親しい相手には遠慮がないところも相変わらずで。
だから思い出させたくなかったんだよと
長めの赤毛の前髪、かき上げながらぶつぶつと不平をこぼす元相棒さんに、
それは楽しそうな苦笑を見せている太宰なのへ、

「ですが…それこそ俳優になられているのは不審極まりないのですが。」

ここまで話が通じるのなら なるほど転生した人には違いないようだが、
だからと言って信用までしていいものかと。
前世の師匠をようよう思い出せているからだろう、
こちらは芥川が硬い表情でそうと訊けば。
そちらも前生の相手を覚えていればこその差異を意外だと感じたか、
元部下のつけつけとした物言いへ微妙に目を見張ってから、
だが、すぐにもやわらかに破顔して、

「そうだな。
 信用ならないと思うだろうから、ちょっとだけ身の上を明かすなら。」

私もごくごく一般的な家庭の子だということになっているがね、
実はとある大物傑物の落し胤だそうだ。
金蔵でもある正妻のほうの筋へ知られるとまずいのか、
戸籍ごと遠縁の家に引き取られていて、
生涯口外しないという約定の下、生活には不自由ない法外な手当てを一生分受けている。
今の両親はそんなものは要らないと言ってくれてる誠実ないい人たちで、
私の名義で口座を作ったそれへは指一本触れてないんだが、
まあそこはどうでもいいかなぁ。

「ただ、どれほど隠蔽したってね、知ってる人は知っているし。
 利用しようという輩も忘れたころに湧いて出る。」

誘拐されかけたことも何度かあったし、
守りたいのだか盾にしたいのだか、錯綜しているしがらみを解析するのも面倒だったんで。

 「これはまずいなぁと思ったからこそ、
  顔が差しまくる著名人になればいいと思いついてね。」

そんなとんでもない話を紡いだ彼には、

「……っ。」
「考えたものですね。」

微妙に現実離れした境遇の暴露じゃああったが、
そういやこやつのプロフィールは履歴書レベルの簡易なものしか明かされてはなく、
実家本籍や学歴は明かされているが、現在の住まいは両親のそれも含めて秘匿されている。
著名人になるという格好で世間からの衆目を集め、
自分のみならず近寄る者まで赤裸々にしちゃろうなんて大胆不敵な発想をしたことといい、
思い立ったのはまだ学生世代だったろに、そうと決めたら善は急げで、
様々な手を使ったのだろう見事に実現させた行動力の恐ろしさといい。
何やかや無防備になることだのに、今の時代ならではの防衛手段も併用しての見事な仕立て。
現にプライベートは絶妙に霞の中なあたり、
どれほどの神算鬼謀を繰り出したものか、嬉しくはないがあっさり想像がつくだけに、
対する二人の感慨も微妙。

「かつては…ポートマフィアなんてところにいたこともあって、
 悪巧みしたいなら闇や夜陰に紛れるのが一番だって自然と思っていたが。」

さりげなく、彼らの記憶に共通する名称を出す太宰へ、
中也は平然と流したが、芥川のほうはやや視線が泳いでおり。
まだまだだねと小さく頬笑んでから、

「現今の世界で暗躍したい以上に身を守りたいからと思ったから、
 こういう手法をとったまでだよ。」

時代が変わったっていうか、ちょっと目から鱗だよねと苦笑を見せる。
かつては暗躍したいとしつつ、自身の身へは投げやりだった彼なのにと、
保身のための選択を語っているのがやはり意外で。

 “自分をというより、育ての親御を守りたいのだろうな。”

何なら捨て鉢なことを選んでもいいと、
身一つならどうとでもなるところ、
守るものを持つと制限が多少はかかろうし、冷静にもなれる。
それを負担や弱味というマイナスととらえず、
いい意味でのハンデだと思って笑えれば、道はもっと開けると、
他でもない自身の身で知っている。
なので、中也も芥川もそれ以上は何とも突っ込まず、
本意ではないがという悪あがきの多少は滲んだしかめっ面にて、

 「敦が戻ってくるまでに、どういう知り合いかを詰めとこうぜ。」

実は初対面じゃあなかったんだよという“辻褄合わせ”をし、
これからを“同行する”間柄としようやと、
最後に仲間入りした美貌の天児様へ胸襟を開いて差し上げたのだった。




     ◇◇


のっけにそんな思わぬアクシデントも絡んだものの、
ドラマの撮影はなかなかに朗らかな空気の中で進んでおり。
地上波での本放映も間近に迫っているとあって、
さすがにもはや情報は隠してもおらず、
原作掲載誌に撮影風景のスナップなどを載せてもいるため、
原作ファンやそれぞれの演者のファンたちが
ああでもないこうでもないと先行でSNSに考察スレッドなぞ立ててもいる。
話の初めは闇から出づる不穏な咒獣があちこちで騒ぎを起こし、
それを専門に追う存在が集結してゆくという背景説明のような序章で。
始まりは現代世界なため、
あまり異世界ファンタジーという雰囲気でもないのだが、
それでも並外れた体術だの、魔法のような術式だのが出てきて、
徐々にオカルト系の活劇ものだという骨子が張られてゆく。

 ……ので。

高層ビルの窓ガラスを突き破って脱出という設定、
実際は2階相当の屋根から中空へ飛び出す運びというのへ、

 「ほら、思い切って跳んで来い。垂直落下のコツは教えただろう。」

さすがに着地地点からはやや離れちゃあいるが、それでもほぼ真下という位置で、
それはいい笑顔のまま、胸元も両腕も広げて さあ来いと受け止める気満々な中也さんと、

 「危ないです、どいてくださいってば。」

すでに飛び出していて、あわわと焦る敦くんとか。
現場ならではな面白いものも存分に見られるものだから、
オーバーワークとか生傷が絶えないとかいう過酷さが全くないとは言えないものの、
重厚な会議風景でも、過激な擬斗を繰り広げる襲撃シーンの収録でも、
カメラが止まれば演者同士は和気藹藹とエールを送り合い、
スタッフたちもきびきびと次の段取りへいいフットワークで駆け回る。

「わあ、本当に受け止めちゃったよ、異能もないのに。」
「敦が軽すぎるっていうのもあるんですよね。」

まだ出番じゃあなしと見物に回っていた太宰と芥川が、そんな言いようを交わしていて。
俺でも抱えられますしと小さく笑ったのがどこか誇らしそうにも見えて、
ちらりと斜めに見やった太宰がそれへも苦笑する。

「? 何ですか?」
「うん。さすがに一人称は“俺”呼びなんだなぁって。」
「え? ……あ。」

そういえば前の生ではちょっと奇矯な呼称を使っていた彼であり、
使われている漢字からして卑下する意を持った言い回しじゃああったが、
その割には威容のあった少年だったよなと、太宰としては思い出すたび苦笑がやまない。
そしてそんな相手の内心があっさりと推察できるのだろう、
むうとやや拗ねたような顔をするところがますますと可愛いなぁと思えてやまず。
取りなすほどのことでもないが、一応は空気を立て直そうと、
太宰が付け足したのが、

「中也があんな無茶苦茶するのもさ。
 ちらっとでも映ってる写真や動画は勝手に扱っちゃあいけないっていう、
 肖像権以上の縛り、版権上の制限を使えるからなんだよね。」

そこは訴訟大国アメリカにて商業活動の一端に身を置く人物だけのことはあり。
今現在 何かしらの作品にかかわっていなくとも、
所属する事務所との契約で、自分の姿を商品扱いし、勝手に扱っちゃあいけないとされており。
隠し撮りのみならず、たまたま端っこに映ってたという代物であれ、
許可なくSNSに挙げたりすれば、あっという間に探知され、どういうつもりかという通知が届く。
何なら慰謝料という名の示談金を求められる運びにもなりかねず、
そういう格好で敦くんの許可なしスナップ写真の流出を抑えてもいるのだとか。
さすが、この世界でのキャリアが長く深い先達たちだなぁと、
今度こそ素直に感嘆した青年の視線を導引するよに太宰が見やった先では、

「機嫌直せ。グレーズたっぷり掛けたシナモンロール焼いてきたから。」
「……っvv」

小脇に抱えられている体勢へも拗ねていたものが、
こそり囁かれて途端にぱぁっとお顔がほころぶ現金さがまた可愛らしい小虎くんで。
かつては、世界を意のままに書き換えられる“本”をめぐって、
思考も力も途轍もない巨悪の暗躍と渡り合ったのが、
今はこうまで平和な世にて、尋の丈だけの幸せに浸っていていい充足を堪能できており。
それは可愛らしい機微へ、こちらも苦笑が止まらぬ兄様たちが、
こっそりとお顔を見合わせた、
麗らかな昼下がりだったそうでございます。




     〜 Fine 〜    26.03.23.

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  *彼らの馴れ初めと、
   どういう経緯があって今の立ち位置にいるのかのご紹介の段でした。
   敦くんが可愛くってしょうがないお兄さんたちを
   ひたすら書いてみたくて始めたんですが、
   ただの自己満足でしたね。長々とすみませんです。

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